線維筋痛症に推奨される運動療法の一つに太極拳があります。ヨガや気功と同じく、いわゆる瞑想運動の一つです。実際、太極拳の線維筋痛症に対する効果については興味深い研究結果が示されています。アメリカTufts大学のChenchen Wang氏らによる研究では、太極拳が線維筋痛症に有用な治療である可能性が報告されていますし(Chenchen W et al.2010)、Chenchen Wang氏らによる他の研究では、太極拳とエアロビクスの症状改善効果を比較し、その結果太極拳の効果がエアロビクスより上回っていたことが報告されています(Chenchen W et al.2018)。実際、すでに症状改善方法として取り入れているという方もいらっしゃることと思います。
私自身はと言えば、整骨院に通い始めしばらくしてから自己流ではありますが太極拳を運動療法の一つとして取り入れ始めました。ただ、実は、私が太極拳を始めた目的は、線維筋痛症の症状改善ではなく別の理由からでした。この時期に発症した別の新たな慢性疾患のため、私は体のバランス感覚が完全に崩れてしまっていました。そのバランス感覚を取り戻すのに太極拳が良いと聞き、始めてみることに。実のところ、線維筋痛症に対する太極拳の効果については幸か不幸か、始めた当初は知りませんでした。ただ、バランス感覚がなく、本やパソコン、スマホを見るのもままならず、画面にある文字を追うことも困難で、かなり日常生活に支障があったので、それをどうかしたいという気持ちでした。
始めてからどれだけ経った頃でしょうか。線維筋痛症にも太極拳が有用であることを知り、「ああ、病名は別でも結局体って繋がっているんだ。始めてラッキーじゃないか」なんて思ったことを覚えています。太極拳と一言で言っても、色々型があるようですが、私がやっていたのは太極拳の代表的な動きを24の型にまとめた24式太極拳です。元々、太極拳は古来より中国に伝承された武術ですが、現在広く普及しているのは「ゆったりとした動作」で行う健康法的なものです。24式太極拳もその一つで、動作はゆったり、優美に流れるように動きます。
私が実際に使っていた動画は、「H Wu」というチャンネルの「24 Tai Chi video with English subtitles and narrations」です。超初心者であり、かつ教室に行っていたわけではないので、自分で何日かかけて一つの動きを覚えたら次は2つ目の動きに進むというペースでやっていました。二つ目の動画(日本語)は、「太極拳中村げんこう」というチャンネルで一つ一つの動きをじっくり観察するのに良いかと思います。
しかしながら、実際には見るとやるのとでは大違いで、指導なく自分だけで行うのは本当に大変でした。長年痛みとこわばりで体は思うように動かず、加えてバランス感覚がないものですから、ゆったり動作で優美に流れるようになどとんでもないことでした。ですから、もう最初の頃はふらふら、よろよろで、今思えば恥ずかしい程に酷いものでした。それでも、意外や意外、何とか全部の型を覚えて一通りできるようになった頃には、バランス感覚のほうは随分改善し、少しではあるものの、痛みがない時間が現れるなど線維筋痛症のほうにも改善が見られることがありました。太極拳が体に及ぼす健康効果については色々挙げられていて、どの点で自分の線維筋痛症の症状に良かったのかはわかりませんが、リラクゼーション効果はあったかなと思います。
当時はまだ日々の痛みやこわばりとの悪戦苦闘で、あまり細かいことにまで気が回りませんでしたが、こうしてみると、特に背骨を動かすという点で、私の線維筋痛症の症状改善に良かったと思います。首・背中の痛みやこわばりは尋常ではなく、無意識ながら長年それを庇うように背中を極力動かさないような生活をしていました。整骨院で分かった体の歪みもそこからきていた可能性が高いと思いますが、それを太極拳で背骨を動かし、ほんの一時でも身体の緊張が抜けたこともプラスに働いたのではないかと思います。他にも、症状が強く横になることが多かった私にとっては、脚の筋力にも効果があったように感じます。
自己改善を目指す際、何をするにせよ、自分がしていることのどこにどんな利点や効果があるのかを事前に知識として取り入れておくことが大事だと思います。痛みやその他多くの症状でなかなか自分で積極的に調べようという気持ちにはなれないのは至極普通だと思いますが、ほんの少し自分がしていることが何に効果があるかを知っているだけで、運動や症状に向き合う姿勢が変わってきます。太極拳については、公益社団法人日本武術太極拳連盟がその健康効果について以下のことを挙げていますので、自分に何か当てはまることがあれば、それを意識してやってみるのも良いかもしれません。
何事も長く続けられる越したことはありませんが、私が太極拳を続けたのはそれ程長くはなく、半年から1年ぐらいです。やはり指導者もなく、自己流だけでこの太極拳を続けていくには困難も感じましたし、どうしても日常的に横にになりがちだった当時の私の体では、それを克服するだけの準備はできていなかったと思います。今現在は太極拳はしていませんが、日常的痛みやこわばりから解放された今の状態でもやってみるとまた随分違うのかもしれません。
いずれにしても、こうした運動療法を行うには、線維筋痛症について専門的知識のある適切な運動療法指導者が必要であると今更ながら痛感します。今でこそ、当時私がやっていた太極拳が自分の肉体的許容を超えるものであったと分かりますが、その当時は何でもいいいから良いと言われるものはとりあえず自分でやってみるということの繰り返しでした。そのため、症状改善への道も随分遠回りをしてきたように思います。何とか自分で痛みのない生活にまで辿り着くことができた今となってはそれが良いも悪いもありませんが、同様の症状を抱えている方が多くいるわけですから、線維筋痛症に対する専門的知識を持った運動療法指導者が治療の一環として配置されることが今後必要であることは確かだと思います。
【参考文献】
Wang, C., Schmid, C. H., Rones, R., Kalish, R., Yinh, J., Goldenberg, D. L., … & McAlindon, T. (2010). A randomized trial of tai chi for fibromyalgia. New England Journal of Medicine, 363(8), 743-754.
Wang, C., Schmid, C. H., Fielding, R. A., Harvey, W. F., Reid, K. F., Price, L. L., … & McAlindon, T. (2018). Effect of tai chi versus aerobic exercise for fibromyalgia: comparative effectiveness randomized controlled trial. bmj, 360.