ここでは、痛みと呼吸法の関連についての研究をいくつか紹介します。「深呼吸」の記事で私自身の経験について記しましたが、実際に呼吸法は慢性痛・痛みに効果があることが研究でも示されています。私は専門家ではありませんので、医学的見地は有していませんが、痛みと呼吸法の関係についてのいくつかの研究をご紹介することで、ご自身の線維筋痛症の症状改善のための一つの知識として自己教育に役立てていただければと思います。
まず、「深呼吸」の記事で紹介した「Breathing Exercises – For Pain Relief」という動画で紹介されていた研究の一つに、ポルトガルの大学で行われた呼吸運動が女性の線維筋痛症患者に与える影響についての研究があります注1)。この研究では、線維筋痛症女性患者が呼吸運動プログラムにより痛みに耐えられる程度が改善し、日常生活において身体的な動作や活動がよりスムーズにできるようになり、疼痛や疲労も改善されたことを報告しています。このことから、線維筋痛症の女性にとって呼吸運動は、痛みの軽減に実際的効果があるということがわかっています。
これは、線維筋痛症の痛みによって日常に困難を抱える人々にとって、痛みの改善への大事な知となり得るのではないでしょうか。私自身、これを読んで思ったことは、激痛があった時期にこのことを知らされていればということです。たとえ根本原因が不明で治療が確立されていない病でも、何か自宅で自分で継続的に行うことが推奨される場合は、それについて「知る」ことは患者にとって大変重要なことではないかと思います。あれこれしてというだけでは患者側は何故それをするのという疑問が残ることもあるのではないでしょうか。それは、必ずしも継続する力にはなりません。専門的知識が必要なのではなく、なぜ行うのかの基本的知識は必要でしょう。実際、痛みや多くの症状に苛まれながらあれこれと毎日継続的にすることは精神的に決して楽なことではありません。だからこそ、自分の病状と改善方法との関係についてできるだけ正確に知り、ある種の動機付けとすることも大事なのではないかと思います。私自身も自分を励ますような気持ちをもって色々やらないと、何でもそう簡単にはできたわけではありません。単純と思われる深呼吸でさえもその一つです。たとえ治療法が発展途上の中にあっても、知ることによって信じることができますし、信じる力が継続する力に繋がり改善への道へと導いてくれる、私はそう思います。
ただ、私がそうでしたが、運動療法指導者等の指導下にあって呼吸法をしたことはありません。とにかく動画からヒントを得て自己流で試行錯誤しながらやってきました。その点は自分の力だけでやってみても大丈夫なのだろうかという不安もあるかもしれません。私もそういう気持ちは無きにしも非ずでした。
しかしながら、指導下にない呼吸運動療法について、その効果と安全性が指導下にある場合と同様に安全で効果的であることを示した研究があります注2)。その中で、指導下にない状態であっても、呼吸運動そのものの安全性や効果には問題ないことが示されていますので、あまり否定的に捉えず自己流でやってみる価値はあるのではないかと思います。ただし、この研究では、指導を受けた呼吸運動療法のほうが、痛みの面ではより効果的である傾向にあることも同時に報告されていますから、もちろん運動療法指導者がいる場合は、その方の指導を受けて行うのが一番でしょう。
また、呼吸法と一言で言っても、深呼吸の記事で紹介したように色々あります。私は、吸う息より吐く息が長いタイプのものが心地よく感じて痛みやこわばりの管理には合っていますので、できるだけ深くゆっくりとして呼吸を吐く息のほうをできるだけ長く行うようにしています。その際、一番気を付けていることは、何よりリラックスすることです。座ってリラックスできないと感じた場合には、仰向けの状態で横になり、全身の力を抜く感じで可能な限りリラックスした状態で深くてゆっくりとした呼吸を行っています。
これに関しては、ドイツで行われた研究に興味深いものがあります注3)。この研究では、深くてゆっくりとした呼吸(DSB:Deep and Slow Breathing)が疼痛の軽減とリラクゼーションにどのように関連するかを評価しているのですが、リラックスして深くゆっくりとした呼吸をすると痛みに耐えられる程度が増加し、交感神経活動が減少するという痛みと自律神経活動の両方に良い影響がありました。また。ネガティブな感情(緊張、怒り、抑うつ)も減少しています。この研究から、深くゆっくりした呼吸法が自律神経と身体が痛みを処理する方法に大きな影響を与えるということがわかっています。そして、神経を落ち着かせ、痛みに対処するには、リラックスした深くゆっくりとした呼吸をすることが重要であるということです。
確かに、私の経験でも、本当にリラックスして深くゆっくりした呼吸ができた時には、まるで深く眠ったような感覚を覚える程に神経が落ち着く感じがします。そんな時、自分が心身共に落ち着いた感じになって、体の僅かなこわばりなどの違和感が消えていくのを感じます。上記の研究が示したリラックスした深くてゆっくりとした呼吸法の効果は私にも当てはまっているようです。線維筋痛症は「痛みの機能不全」とも言われることがありますが、この研究からリラックスした深くゆっくりとした呼吸が痛みの知覚の調節には不可欠であることがわかっていますから、線維筋痛症の痛みを抱える方の参考になるかと思います。
最近の研究では、ゆっくりとした深い呼吸が、普通の呼吸よりも痛みを軽減することが報告されています注4)。ただ、ゆっくりとした深い呼吸は、呼吸がゆっくりとしたリズムで吐く息が吸う息に比べて長い場合に痛みを軽くする効果が高くなるとのことですが、その理由はまだわかっていないそうです。
このように見てくると、何となく深呼吸を自己改善の方法に取り入れる可能性として検討する価値があると思えてこないでしょうか。私は自分で手探りで、ただ自分の体が心地よいと感じるかどうかだけをある種の判断基準として様々な自己改善法を試してきました。こうして見ると、その自分の試行錯誤が結構正解の部分があったことに驚きます。もちろん、症状も効果も個人差があるので、誰かにとって効果があることが、他の人全てに当てはまるわけでもありません。しかしながら、自分で何らかの療法的なものをするしかない場合でも、一つの安全な方法として深呼吸を試してみるのは決して悪くはないのかもしれません。
【注】
1) Tomas-Carus, P., Branco, J. C., Raimundo, A., Parraca, J. A., Batalha, N., & Biehl-Printes, C. (2018). Breathing exercises must be a real and effective intervention to consider in women with fibromyalgia: a pilot randomized controlled trial. The Journal of Alternative and Complementary Medicine, 24(8), 825-832.
(「呼吸法は線維筋痛症の女性に考慮すべき現実的で効果的な介入に違いない:パイロットランダム化比較試験」:筆者訳)
2) Tomas-Carus, P., Garrido, M., Branco, J. C., Castaño, M. Y., Gómez, M. Á., & Biehl-Printes, C. (2019). Non-supervised breathing exercise regimen in women with fibromyalgia: A quasi-experimental exploratory study. Complementary Therapies in Clinical Practice, 35, 170-176.
(「線維筋痛症の女性における非指導下での呼吸運動療法: 準実験的な探索的研究」:筆者訳)
3) Busch, V., Magerl, W., Kern, U., Haas, J., Hajak, G., & Eichhammer, P. (2012). The effect of deep and slow breathing on pain perception, autonomic activity, and mood processing—an experimental study. Pain Medicine, 13(2), 215-228.
(「痛みの知覚、自律神経活動、および気分処理に対する深くてゆっくりとした呼吸の影響-実験的研究」:筆者訳))
4) Jafari H, Gholamrezaei A, Franssen M, Van Oudenhove L, Aziz Q, Van den Bergh O, Vlaeyen JWS, Van Diest I. Can Slow Deep Breathing Reduce Pain? An Experimental Study Exploring Mechanisms. J Pain. 2020 Sep-Oct;21(9-10):1018-1030. doi: 10.1016/j.jpain.2019.12.010. Epub 2020 Jan 22. PMID: 31978501.
(ゆっくりとした深呼吸は痛みを軽減し得るのか?そのメカニズムを探る実験的研究:筆者訳)